Select Live Under the Sky 1984 【2】

Live Under The Sky 1984

1984年のライヴ・アンダー・ザ・スカイで来日したジャコの様子をプロモーター鯉沼俊成氏が語ります。空港でのエピソードはジャコらしいと言えるかもしれないけど周りもビックリしたでしょうね(苦笑)。そしてジャコと最後に会った麻薬中毒患者専門病院で交わした会話も掲載されていました。




………「成田空港までジャコを迎えに行った時だよ。なかなか出国ゲートに出てこないんだ。ようやく姿を現したと思ったら、それが何とフィラデルフィア・フィリーズの野球帽に上半身は裸。その上に裸足で荷物はベースの他には小さなスポーツ・バッグ一つだけなんだから。そのバッグからNYメッツのTシャツを取り出して、“お前はメジャーリーグのファンだったよな”ってお土産をくれたんだ。でも、その後のセリフがすごかったね。“ところで実は金を1ドルも持ってないんだ。とりあえずビールを一杯飲ませてくれないか”って。一体どうやってJFK空港まで来たのか不思議だったね」

それでも当時のジャコは、まだベースを弾くことができた。それがいつしか酒に溺れ、かつての音楽仲間とも疎遠になっていき、86年7月にはついにNY郊外のベルビュー病院収監されてしまう。その話を聞くや、心配になった鯉沼氏は病院まで面会に行った。

「受付を済ませると、廊下の向こうからベースの音が聴こえてくるんだ。ジャコもベースだけは手放さなかったんだな。面会室に通されると、寂しそうな笑顔を浮かべて言うんだ。“コイヌマ、頼むからオレをここから出してくれ。いまのオレには山のようにアイディアがあるんだ。もう酒も飲まないよ。オレは生まれ変わった。真剣に音楽に打ち込みたいんだよ”って。どうしたらいいか考えたね。どうにかしてやりたいと思った。でも、即断できる訳もないからこう言ったんだ。“よし、仲間と相談してもう一度ここに会いに来るよ”ってね。ジャコはうれしそうに微笑んでいた。まるで少年のような純真な笑顔だったよ。でも、しばらくして病院に連絡を取ると、もう退院したっていう。それから1年も市内うちにああなっちゃったから、結局、あの会話が最後になってしまったんだ」……

出典・参考資料

musée vol. 21タワーレコード発行フリーペーパー
『musee』 Vol. 21

ジャコのコンピレーションアルバム『レア・コレクション』、『ジャコ・パストリアス・ウェザー・イヤーズ』の発売に合わせて、藍良章さんによる「ジャコ物語・上」として掲載されていた。




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